手すり

おれブログかく。

 俺がこの土地に流れ着いたのは20年位前。まだそのころはこの近所には何もなくて、おっさんが立ちションベンしてるのが2キロ先から見えるような、そんなド田舎だった。

 そんなところに俺が居付いたのはあの山が見えるからだ。俺が生まれたのはあの山の向こう側の街で、俺はあの山の裏側に行ってやろうって、ずっと思ってたんだ。

 俺の生まれた街はドブのにおいとゴミで溢れてた。その中で育った俺は、小さいころからばあ様に「悪いことするとあの山から怪物が来て頭の皮を剥いでいくよ」って脅かされた。それが気になっていたのかもしれないが、俺はちっちゃなガキのころからあの山が嫌いだった。見張られているような気がしたんだと思う。夕方、家に帰るときにはよくあの山を見ては、窮屈な思いをしていた。

 けれどそのうち、悪さをするのに都合の良い仲間とつるむようになって、しばらくは山のことを忘れた。山なんかよりも目の前にむかつくことがいっぱいあったからだろう。お袋のふざけた柄のお袋のムームーとか、教師の曲がったメガネとか、なんでも。

 だからそのうちに車を盗むようになった。何度か捕まったけど、盗んだ台数に比べればだいぶ成績は良かった。すぐ捕まったやつらもいた。けど俺はあまり捕まらなかった。事故を起こさなかったからだ。不思議なもので盗みがうまい奴は運転をよくしくじる。運転のうまい奴は盗みが下手だ。俺は両方とも上手かった。だからあまり捕まらなかったし、死にもしなかった。

 人の車は変なにおいがする。そのにおいをかぎながら、エンジンの音に合わせて口で「ブルルルルルル」とか言ってると、気分はだいぶマシになった。車に乗ってさえいれば気分良くいられた。

 あの山を思い出した、というよりはあの山にいやな気分を呼び起こされたのは、車に乗ってないときで、女の部屋にいたときだ。

 その頃の女の部屋はシーツ、カーテン、テーブルクロス、他にもいろいろ、やたらと布のある部屋で、組み合わせには取りとめがなかった。大きくもないベッドだったがこれにも必要以上にシーツと毛布が載っていた。そのシーツの間で、ずっと天井を見てた。

 その日で四日の雨続きになるという日だった。いつもの通り窓はカーテンで締め切って、起きたけれど何時なのかもわからない。部屋は静かで天井から幾重にも布が下がってる。時計を見ようと思ってもシーツの下でわからない。女が起きると面倒だから、あまり探したくもなかった。ただ、雨の音がしてた。

 喉が渇いてた。水を飲むのと時間を確かめるのと、どっちを先にしようか少し考えが、それとは違って、雨が気になって窓を開けた。

 予想通りに空は、空だけじゃなくて街全体が灰色だった。一つだけ予想しなかったのは、あの山が相変わらず赤茶色だったことだ。灰色の中で、奇妙な格好をした赤茶色が、きっちりとそびえてた。