手すり

おれブログかく。

 日がな一日中店先で座ってはいますが、それほどお客が来るでなし、クリーニング屋の店員というのは、暇なものです。確かに自分のところでクリーニングをすれば、シャツにブラウス、コートにスーツと、暇なく動くのは当然のこと、さらには軽バンでのお得意先回りがあります。
 しかし私のところは単なる取次ぎです。昔は駄菓子と日用品を商っていましたが、子供も減ったし婆さんも死んだし、店を仕舞いましたが、土間を遊ばせるわけにも行かないということではじめたのです。

 クリーニング屋として使っているところは日当たりのよい東向きで、お向かいさんちの庭に桜が見えています。ここしばらくは店先からその桜を眺めていましたが、桜の散った今からは、何をして店番の暇をつぶそうかと、思案をしてることが、暇つぶしです。

 工場から集配に来るおじさんは、私の顔を見れば結婚しないのかとせっついてきます。彼によると結婚していない人は未熟な人だということでしたが、結婚して成熟したはずのそのおじさんが、私にちょくちょくキャバクラの話をうれしそうにしてくるのは、うまく理解ができません。キャバクラというのは成熟した大人の遊びのようです。

 しかも、おじさんはどう見てもキャバクラのおねえさんにいいようにしてやられているように見えます。

 おじさんは、昔、金持ちのやくざに雇われて数ヶ月の間、高級マンションの留守番をしていたそうです。部屋主のやくざに言われていたのは、留守番の間、好きに部屋を使って、冷蔵庫の中身も好きに食べてよいという好条件。さらにギャラも。

 おじさんはそこで好きに部屋を使い、冷蔵庫の中の高級な食べ物もたらふく食べ、かなり優雅に暮らしたそうです。

 ずいぶんいい待遇だと感心していると、おじさんは、

 「冷蔵庫の中身は、食べた分だけ補充してくれといわれてた。条件はそれだけだった。気風がいいんだよ。」

 と、自慢気でした。

 その話を聞いて、「それって、食べ物は有料ということでしょ。」と思いましたが、このおじさんはこうして、昔はやくざに、今はキャバクラの女の子にだまされて、それでも気づかずにいるんだなと思うと、それはそれですべて丸く収まっているからいいのではと思えました。

 そういう平和があってもいいだろうと。

 「もういかなくちゃ、間に合わねえな。」といって、おじさんの小さめのトラックが発進します。

 それに今日、初めて小さく手を振りました。