手すり

おれブログかく。

北島敬三展を観に行ってきた。
http://www.syabi.com/details/kitajima.html
今回かかってたのは、70年代から90年代頭までに撮っていた人物スナップで、場所は沖縄のコザ、新宿、ニューヨーク、モスクワ、東欧。これまで撮ったスナップを一同に展示するのは非常に珍しいとのことで、貴重な機会だったようだ。北島敬三は大学在学中に森山大道のワークショップに参加しキャリアをスタート。最初に71年に沖縄、同時に新宿、その後ニューヨークに行ってモスクワと東欧といった順序らしい。最初のうちは、森山大道の影響と思しきハイコントラストのモノクロ写真が多いのだが、後期のモスクワ、東欧あたりになってくるとカラーもあるしポートレイトのような写真も増える。

今回はシブヤ大学のイベントとして参加したので、本人の講演と質疑応答もあった。北島敬三本人は、モノクロとカラーの差についてはあまり頓着していないようで、テクノロジの進化でカラーで焼けるようになったから、モスクワの写真はカラーなんですと、軽く回答していた。
講演の中で、印象深かったのは、講演の最初で、「僕は写真を撮っていけないものというのは、基本的に無いんだと思ってます。」という発言をしつつ、後のほうで「写真を撮るというのは非常に罪深いことなんですよ。」と言っていたことだった。
街頭でのスナップを91年まででやめて、現在はポートレイトを撮っているという。その理由については、スナップがうまくなりすぎて、自分の思った写真しか撮れなくなったから、と答えていた。さらに、スナップを撮るときに声をかけて撮るか、声をかけずに撮るのかという点については、どちらも同じ、とさくっと答えていた。たとえ声をかけようがかけまいが、カメラマンの意図を100パーセント伝えて撮るのでなければ、どちらも只の隠し撮りに過ぎないと。キャリアの上で出る発言の明快さにしびれた。

しかし、なんでみんな(僕も)70年代って言われるとノコノコと展覧会を観に行ったりするんだろう。最近はこれが不思議だ。そんなに今はつまらないのだろうか。