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手すり

おれブログかく。

十二指腸潰瘍で一週間ほど入院してました。

月曜日の朝、起きてみるとふらふらして10歩ぐらいしか歩けなくなった。トイレで吐いたら真っ黒だった。何食べたっけと思えばビビンパで黒くない。ついでにウンコも恐ろしく黒い。あー、これはヤバいわ。とおもったけど、前の週は出張でオフィスにでてなかったから、会社に行くことにした。けど体が動かないから遅刻させてもらって、タクシーと電車とタクシーでどうにかして行った。きっと社畜オブザイヤー2013はおれだなとタクシーで考えてたら、ワンメーターなのに万札出してからに、運転手さんに驚くほどに罵られて死にたくなった。 

ヘロヘロで会社に行って、3本ぐらい電話したけど、何も考えられない。「便 黒い」とかで検索したら潰瘍の疑いありと、Yahoo知恵袋が教えてくれた。大切なことはいつもYahoo知恵袋が教えてくれる。あの時も、そしていまも。2時頃課長におれ帰るわ、って言ったと思う。この辺りからあまりいろいろ覚えてない。帰りもタクシーで東京駅行って、そこから京浜東北線で帰って来たのだけど、寝過ごして北浦和に行って絶望した。それでも死なないで浦和に戻って、そこから家に帰る途中にこぎれいな病院があるのを知っていたので、そこに滑り込んだ。 

そのときにはもうウンコが黒いことで頭がいっぱいだったから、受付で「どうされました?」と聞かれた時も「便が黒いんです」って言ったら「わかりました」ってそれ以上何も聞かずに受付をしてくれた。 

診察ではウンコの話をして、まずは点滴と血液検査ということになった。そのあと胃カメラを初めて飲んだ。胃カメラの段取りを説明書に挿絵があって、それが吾妻ひでおみたいな絵だったから、すごくしっくりしてる。吾妻ひでおいまは元気かな、と思った。

 左側を下にして寝て、マウスピースはめて。ホリエは泣くが胃カメラは進む。みんながいやがる胃カメラだけど、いわれたほどの嫌悪感はなく、案外冷静にやれた。涙は出たけど。 

むかし、実家に飼っていた猫でタマというのがいた。首元に大きな切り傷を作り、血を流しながら実家にやって来た。それをみた両親はあわてて獣医に連れて行った。タマは全く抵抗することなく、静かに治療を受けていたらしい。その後晴れて我が家の猫となり、近所の顔役として天寿を全うした。というのを胃カメラを飲みながら思い出してた。 

胃カメラを抜いて、お医者さんが「ホリエさん、入院しましょう」というのを聞いてホッとしたのか、それ以降、夜8時過ぎまで寝てしまった。 

8時頃、麻酔が切れたのもあってか、起きた。病室のベッドの上でわきにおくさんがいて驚いた。どうやらおれが呼んだらしいけど覚えてない。そのときには奥さんはすでに着替えとかを持って来ていて、かばんに何が入っているのかとか、そういうのを教えてくれたけど、一切理解できなかった。意識はまだハッキリしないけど、社畜オブザイヤー2013のおれだから課長に電話して、入院するからって言って、吐き気がしたからまた吐いて、その日はもう寝たと思う。 

入院2日目になって、状況を理解し始めた。十二指腸潰瘍であることと、それによる出血が多く貧血状態になっていること、知らない間に院内着に着替えてさせられていたこと。 

おくさんが夕方来たのでいろいろ聞いたら面白かった。おくさんは仕事が終わってlineをみたら「とにかく病院に来てくれ」というメッセージとか、なんて言っているか分からないの留守電とか入っていて、慌てて病院に来たと。お医者さんから説明を受けて初めて十二指腸潰瘍で命に別状なしと聞いてホッとして泣き出したらしい。それで携帯見たらおくさんに病院の名前とか送っているけど、何も覚えてない。 

2日間ぐらいは点滴だけで暮らした。来る看護士さんが皆、おくさん号泣でしたねといっていたので、だいぶ泣いたんだろう。院内着で点滴のポールを押しながらトイレに行くとなんか、おれも入院したんだなって実感が湧いて来る。

もう一度胃カメラを飲んで、経過を観察した。初めて自分の十二指腸の写真最初のときと比べて見る。前回の出血時の写真があまりにすごい。マジで赤い血が出てたようだ。それも止まって、露出していた筋肉も粘膜で包まれたのを確認した。

 食事は重湯からスタートした。最初の食事は衝撃的だった。

http://instagram.com/p/e9VYcFom-F/

これが病院食…!

最初は重湯とだし汁だけ。ここからだんだんおかゆの粒が立って来て、おかずも増える。

 看護師さんは総じて親切だったし、食事もよく聞く悪口ほどには悪くないと思った。院内もきれいだし。看護師さんのお仕事は初めて間近で見たけど大変そうだ。ひとり入院患者でおじいさんがいて、この人は看護師さんを呼ぶのにナースコールを使わないらしく、大声で「おおおおーい、看護婦さーん」と呼ぶ。しゃがれ声で。夜中でも朝でも。そういう人にもきちんと対応する忍耐強さに感動した。

 入院中は本を読んだり、スマホいじって暮らした。本は民俗学にかかる本を読んだ。今回の入院で最大の収穫は、柳田民俗学の限界を知ったことだった。あと、youtubeでバングラデシュとムンバイと台北とバンコクの屋台料理の動画を見すぎて、LTEの従量制限を超えてしまった。

 退院したのは朝だった。おくさんが持って来てくれた着替えは、先日太ったことを受け入れて買った、いままでよりウエストがワンサイズ大きなパンツだった。けど、入院中にやせたのでブカブカだ。しかも家の鍵をおくさんに間違って渡してしまったために家に入れなかったので、そのまま、ブカブカのパンツで漫画喫茶に行く羽目になった。吾妻ひでおのアル中日記があったからちょっとだけ読んだけど、気分が悪くなったから止めて、夕方におくさんと家に帰った。